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熊本簡易裁判所 昭和30年(ハ)284号 判決 1957年4月30日

原告

伊藤透

被告

大西正美

主文

被告は原告に対し、金一万二千九百七十円及びこれに対する昭和三十年四月十八日以降完済まで、年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を原告、その三を被告の各負担とする。

事実

第一、請求の趣旨及びこれに対する答弁。

原告は「被告は原告に対し、金二万六千円及びこれに対する昭和三十年四月十八日以降完済まで、年五分の割合による金員を支払え訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告の主張。

一、熊本県宇土郡宇土町大字笹原字梅咲一七六六番地の一五山林一畝五歩(以下単に本件樫山と略称する。)及び同所同番地の一四山林一畝九歩(以下単に本件松山と略称する。)はいずれも原告の所有地であり、同所同番地の一九山林二畝二歩(以下単に本件一九の山林と略称する。)及び同所同番地の一三(以下単に本件一三の山林と略称する。)はいずれも被告の所有地であつて、原告所有の本件樫山と被告所有の本件一九の山林並びに原告所有の本件松山と被告所有の本件一三の山林とは、いずれもそれぞれ互に境界を相接しているものである。

二、ところで、本件樫山と本件一九の山林とは、別紙(省略)図面の如く、宇土町役場備付の字図によれば、(イ)、(ロ)の両点を連結した線が境界とされているが、実際は(ニ)(ハ)の両点を連結した線が境界であつて、原告は右(ニ)(ハ)以東の本件樫山に先祖代々主として樫を植裁し、被告は右(ニ)(ハ)以西の本件一九の山林に以前から主として檪を植裁してきた。

ところが被告は、昭和三十年二月十六日、不法にも、前記字図を楯にとつて、右(イ)(ロ)以西が本件一九の山林であると称して、右(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)を順次連結した範囲内に生立する原告所有の樫の立木約五千斤をほしいまゝに伐採使用し、その結果原告に対して斤当り金二円合計金一万円の損害を被らしめた。

三、次に、本件松山と本件一三の山林とは、別紙図面の如く、ほゞ前記字図のとおり(チ)(ト)の両点を連結した線が境界であつて、右(ト)点以西には右両土地の間に同町同字一七六八番の二の畑地が介在し、原告は以前より本件松山に主として松を植裁してきた。

ところが被告は、同三十年三月十日頃、不法にも、別紙図面の如く、本件松山中(チ)(ト)(ヘ)(ヌ)(リ)(チ)の各点を順次連結した範図内に生立する原告所有の松の立木約八千斤をほしいまゝに伐採売却し、その結果原告に対して斤当り金二円合計金一万六千円の損害を被らしめた。

四、よつて、原告は被告に対し、被告の右各不法行為の結果被つた損害合計金二万六千円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である同三十年四月十八日以降完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求むるため、本訴に及んだ。

五、仮に、被告主張の如く、前記(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)の範囲が本件一九の山林に、前記(チ)(ト)(ヘ)(ヌ)(リ)(チ)の範囲が本件一三の山林に、それぞれ本来においては所属するものであつたとしても、原告家はその先々代亡伊藤新七の時代(即ち六、七十年以前の頃)より、右各範囲を所有の意思を以つて、平穏、公然、善意、無過失に占有支配(管理)してきたから、既に数十年以前時効によつて右各範囲の所有権を取得しているものである。従つて、右各範囲が被告の前記伐採の当時、原告の所有であつたことについては、今更喋々するまでもない。

第三、被告の主張。

一、原告主張の第一項の事実は、全部これを認める。

二、同第二項の事実は、そのうち、「本件樫山と本件一九の山林との境界が、宇土町役場備付の字図によれば、別紙図面の(イ)(ロ)ニ点の連結線であること。及び被告が本件一九の山林に以前から主として櫟を植裁し、原告主張の日にその主張の範囲内に生立する樫を伐採使用したこと。」のみ認めて、他は全部これを否認する。

元来、本件樫山と本件一九の山林との境界は、真実、前記字図の如く、(イ)(ロ)の両点を連結した線であつて、前記被告が伐採した樫の立木は、悉く本件一九の山林内に生立していたものである。従つて右立木はもとより被告の所有物であつて、被告はなんら原告に対し不法行為をなしたるものではない。

三、次に同第三項の事実は、そのうち、「被告が原告主張の頃その主張の如き別紙図面の各点を連結した範囲内に生立する松を伐採売却したこと。」のみ認めて、他は全部これを否認する。

元来、本件松山と本件一三の山林との境界は、別紙図面の(リ)(ヌ)(ヘ)(ホ)(ヨ)を順次連結した線であつて、右両土地の間には原告主張の一七六八番の二の畑地は存在せず、前記両山林は右各点の連結線によつて直接相接しているものである。従つて、前記被告が伐採した松の立木は、悉く本件一三の山林内に生立し、もとより被告の所有物であつたから、被告はなんら原告に対し不法行為を加えたるものではない。

四、次に同第四、第五項の各事実は、全部これを否認する。

よつて、原告の本訴請求には応じられない。

第四、証拠。(省略)

理由

一、原告主張の第一項の事実は、当事者間に争がない。

二、本件樫山に対する不法行為の存否。「被告が昭和三十年二月十六日、別紙図面の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)を順次連結した範囲内に生立する樫の立木を伐採して使用したこと。」は当事者間に争がない。

そこで、右(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)の範囲が本件樫山、本件一九の山林の、いずれの部分に所属するものであるか、この点について、考えてみる。先ず、「被告が本件一九の山林に以前より主として櫟を植裁してきたものであること。」は当事者間に争がなく、次に、成立の真正につき当事者間に争のない甲第一号証、証人中村幾太郎、寺田末松、伊藤末雄、伊藤柳平、伊藤トリ、伊藤幸男、伊藤柳助、水口泉の各証言並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、「原告家は、少くとも、その先々代伊藤新七の時代即ち六、七十年以前より本件樫山を所有して、同所に主として樫を植裁してきたこと。原告先代伊藤茂が数十年以前に右樫の一部を伐採して、訴外中村幾太郎にこれを売却したところ、当時誰一人異議を述べるものはいなかつたこと。及び被告がこの度び伐採した前記樫は、右原告先代が伐採したその切株より発芽生長して、原告家が毎年管理、手入を施してきたものであること。」が認められる。而して、検証の結果並びに本件弁論の全趣旨によれば、「別紙図面の(ニ)(ハ)二点を結ぶ線を境として、その東側(即ち、本件樫山の側)は樫、その西側(即ち、本件一九の山林の側)は櫟と明白に林相が区別せられ、従来(被告が本件一九の山林の所有者となつてからでも既に十数年)原被告の境界は右(ニ)(ハ)線を以つてすることに、当事者双方なんら異議の存しなかつたこと。」が認められる。してみれば、以上の各事実を綜合勘案するとき、本件樫山と本件一九の山林との境界は、前記(ニ)(ハ)の連結線であると解するのが最も妥当なるものというべく、従つて、前記(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)の範囲は当然本件樫山に所属するものであるといわなければならない。

尤も、「本件樫山と本件一九の山林との境界は、宇土町役場備付の字図によれば、別紙図面の(イ)(ロ)二点の連結線であること。」は当事者間に争なく、また証人土田一郎の証言によれば、「右境界線は実際においても右字図のとおりであつて、前記(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)の範囲は当然本件一九の山林に所属するものであること」が認められない訳でもないが、右土田証人の証言は、前顕各証人の証言等と対比するとき、にわかにそのまゝ措信し難く、また前記字図についても、本件弁論の全趣旨によれば、「同字図は数十年以前、当時の幼稚な技術に基いて作成せられたものであつて、必ずしも正確誤りなきものとはいい難く」、同字図のみならず一般に字図と称せられる図面には、往々真実に合致しない記載の存すること相当に顕著であり、更に検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、「本件樫山の隣接地には右字図と異る境界を有しているにもかゝわらず、全く所有者間に争のない山林二、三を看取する。」に難くないから、前記字図の存在を以つてしても、前段認定の妨げとはなり得ないものと考える。

ところで、本件弁論の全趣旨によれば、「被告が故意に(少くとも過失に基いて)原告所有にかゝる本件樫山の前記範囲の樫を伐採したものであること。」は疑をいれない。

してみれば、被告は原告に対し、被告の前記樫の立木伐採使用の結果、原告が被つた損害を賠償すべき義務あるものといわなければならない。

三、本件松山に対する不法行為の存否。

「被告が昭和三十年三月十日頃、別紙図面の(チ)(ト)(ヘ)(ヌ)(リ)(チ)の各点を順次連結した範囲内に生立する松の立木を伐採して、他え売却したこと。」は当事者間に争がない。

そこで、右(チ)(ト)(ヘ)(ヌ)(リ)(チ)の範囲が本件松山、本件一三の山林の、いずれの部分に所属するものでるが、この点について、考えてみる。先ず、前掲甲第一号証に証人中村幾太郎、寺田末松、伊藤末雄、伊藤トリ、伊藤幸男、伊藤柳助、水口泉の各証言、検証の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、「原告家は、本件松山も本件樫山同様に、少くとも、前記先代伊藤新七の時代より、これを所有して、以前は同所を畑にしたり、他え賃貸して桑畑にしたり等していたところ、数十年前頃から本件松山に赤松及び黒松を植裁し、爾来連年これを育成管理してきたこと。被告がこの度び伐採した前記松は、実に原告家が右の如く育成してきたその一部であること。本件係争範囲の南側に接着し、しかも被告が本件松山の一部たることを認めている、別紙図面(ル)(リ)(ヌ)(ヘ)(ホ)(ワ)の各点を連結した範囲内には、前記被告が伐採した松と殆んど同年生と思料せられる黒松、赤松等が相当数生立している状況であるに対し、本件係争範囲の北側に接着ししかも原告が本件一三の山林の一部たることを認めている、同図面(チ)(ト)(カ)の連結線以北の部分には、殆んど被告が伐採した前記松と同年生の松は生立していないこと。右(チ)(ト)(カ)の線上には高さ約四尺の石垣が存して、同線の以南が以北より約四尺の段落ちとなり、明瞭に両部分は区別せられていること。前記図面の(ト)(ヘ)間には石こずみが存し、(ヘ)(ホ)線上には段階があり、右(ト)(ヘ)線以西には本件松山と本件一三の山林との間に介在する梅咲一七六八番の二の畑地と見られる荒地が存すること。及び、同図面(チ)(リ)(ル)(ヲ)(ワ)の各点を連結する線が、本件松山と右梅咲一七六二番、一七六〇番の各山林の境界であることにつき、従来被告以外にこれを争うものはいなかつたこと。」等の事実が認められ、更に、検証の結果並びに弁論の全趣旨によれば、「本件係争(チ)(ト)(ヘ)(ヌ)(リ)(チ)の範囲が、本件松山の北東部分に該当すると解すれば、もとより決定的な証拠ではないが一応参考には供され得る前記字図の記載にも合致するものであること。」が認められる。而して、「前記一七六八番の二の畑地は、実際上、本件松山と本件一三の両土地の間には存在しない。」旨の被告の主張は、これを認むるに足る立証がなく、また前掲証人土田一郎の証言は、到底信用するに値しない。してみれば、以上の各事実を綜合勘案するとき、本件松山と本件一三の山林との境界は、別紙図面の(チ)(ト)の連結線であると解するのが最も妥当なるものというべく、従つて、前記(チ)(ト)(ヘ)(ヌ)(リ)(チ)の範囲は、当然本件松山に所属するものであるといわなければならない。

ところで、本件弁論の全趣旨によれば、「被告が故意に(少くとも過失に基いて)原告所有にかゝる本件松山の右範囲の松を伐採したものであること。」は疑をいれない。

然らば、被告は原告に対し、被告の前記松の立木伐採売却の結果原告が被つた損害を賠償すべき義務あるものであるこというまでもない。

四、損害額の算定。

検証並びに鑑定の各結果によれば、「被告が本件樫山の係争範囲で伐採した樫は総計一三九本約十六石で、本件松山の係争範囲で伐採した松は総数九本約十石であり、その価格は、薪とした場合、前者が金八千三百七十円、後者が金四千六百円にそれぞれ相当すること。」が認められる。

してみれば、被告は原告に対し、右両者の合計金一万二千九百七十円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録に照し明らかな昭和三十年四月十八日以降完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務あるものといわなければならない。

五、よつて、原告の本訴請求は、爾余の点について判断をなすまでもなく、右の限度においてのみ正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 古川純一)

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